一年の重み

 

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「一年」という時間の単位は年齢を重ねるほどにどんどん重みを失っていく。
少し前の一年が終わる時の感覚は今年もたくさんのことがあったな、一年が終わるなっていうホッとした気持ちと次の年はどんな年になるんだろうというワクワクが入り混じっていた。いまはああ、もう一年が終わるのかという妙な焦燥感と虚しさと年齢と共に見えてくる世界のあり方への小さな絶望。少しずつ心が死んでいく気がする。それでもやっぱり一年は終わるし悲しくて涙の止まらなかった夜もどこまで続くかわからないトンネルも昨年という一年の区切りの中に収まってしまうしその箱を開けようと思えばそれはもう一年前という遠い時間、思い出と場所へ置かれてしまう。

自分の存在をどうしても認めることができなくて同時にどうしてもこの世界と社会に受け入れてもらいたくてもがき続けた23年間の苦悩は結局はわたしがわたし自身を認めて受け入れるほかに道はなかったんだという開き直りと他者との愛の関係を体験することであるけてもいいんだというひとつの中庸地点に行き着いた。

それは自信がついたとかもっと自己主張ができるようになったとかっていう表面的なことではなくてもっと自分自身の心の中で感じられる小さな充足感。
たくさんの矛盾を抱えて生きていることへの許可とでもいうのか。
人間ってもう存在しているだけで矛盾している生き物だと思う。

幸せを求めていてもそこまでの道のりはたくさんの痛みとか苦悩で溢れていてでもその道を歩くことを厭わなかったりする。好きでも嫌いだったり。嫌いでもなぜか離れられなかったり。

見知らぬ人と話すことは苦手だけど同時にとても話したい自分とか。
書きたくても読みたいだけの朝とか。行きたいけどこのままここにいたいとか。食べたくても食べられないとか。心はもっと遠くに行きたいのに体がついていかなかったり。人間ってとっても不器用な生き物だよね。

そんな不器用さに少しだけど可愛いなお前って愛おしい眼差しを向けられるようになったのがわたしの2019だった。

来年(明日だね)はどんな年になるのかっていうのは想像もつかないしやっぱりどうしてもあまり楽しみではないけどきっと来年の今頃にはまたいい年だったなって思えるのかもしれない。今年も良い年だったよ。ありがとう。


また来年会いましょう。


mugiho

こんなに世界の音がうるさいのはなぜ。

もう少しすれば良くなるよ。
あと少し頑張れば。あともうちょっと続ければ。
そんなの嘘だよ。もっと頑張るって、もう心が立ってない状態で今のたうちまわっているって言うのに。なんてことを言うんだろう。

世間の音がとても大きい。わたしの頭の中でこだましている。
そう、わたしの頭の中なのに。そして誰も直接言葉を発していないのに。

いつも寂しいのも。悲しいのも。
わたしという人間が世間の「普通」からずれているから?
周りと違った順番で人生を歩んでいるのも。
悲しくて眠れない夜があるのも。
きっとみんな同じだと思うんだよね。

冬の夜は妙に肌寒くて会いたい人に会えない夜。
言いたい言葉が言えない。
苦しいのに笑ってしまう。
ろうそくの灯が揺れているのを眺めながら。

こんなに世界の音がうるさいのはなぜ。
絶望が鳴り止まないのは。
明日を見たくないのは。

なぜ。



mugiho

 

 

 

もう何を詰め込んだのかわからなくなってしまった。

悲しみを埋めるためにわたしは食べたくもない空っぽの情報の粒を次々詰め込む。
もう何を詰め込んだのかわからなくなってしまった。

あれ、今何をつかんでいた?
わたしはどこへ向かって歩いているの?
鏡に映っているのは?
このカフェを選んでそこに足を踏み入れるのは?
なんでその色を選んだの?
なんでそこに行きたいの?
ねえ、それは本当にわたしという名のあなたなの?誰なの?

Instagramの横に流れていくストーリーの数。
Twitterの終わりのない呟きの滝。

決して追いつくことのできな誰かの人生と憧れの生活と切り抜かれて加工された写真たち。美しく編集された言葉とあらかじめイメージ通りに作り上げられたオンライン上の「わたし」というキャラクター。終わりのない始まりと、常にどこかで何かが始まっている世界でわたしは。

比べれば比べるほどに抜けられない沼。
わたしは一体全体ここで何をしているの?あの人はこんなに成功しているのに。こんなにたくさんのことをやっているのに。ねえなんでわたしはまだこんなところでくすぶっているの?なんであの人やあの人みたいにできないの?

それはマントラみたいにわたしの心の端で渦巻いてだんだんと身体中に広がっていった。時には息がとても浅くなって息をしていないみたいになった。すべてが怖くて希望なんてない。わたしはもうここから廃れるだけなんだという絶望だけが残った。

タイムライン上を滑る指の下をくぐってわたしの意味不明な呟きだって消えていく。そこにあるのにすべて消えていく。これが虚無感の、埋められない悲しみの、寂しさの正体か?

わからないので呟きと写真の投稿はわたしという存在の小さな確認のためのみとしよう。少しずつあそこからここへと戻ってくるプロセス。その他大勢からわたしへと戻ってこよう。

おかえり。





mugiho

 

楽しく生きたいんだもん。

今日は仕事を断ったんだ。

結局自分の不得意なところで勝負しようとするとどうしても何かが合わなくなってしまう。それは精神的なストレスだったりタイミング的な問題だったり、何かがうまくまわらなくなってしまう。自分の好きなことをやるのにリスクが必要というのはこういうことなのかと今身をもって体験している。身体が弱くてしょっちゅう体調を崩しているのにどうにかしてキッチンの仕事ばかりが私の元へやってくるのはなぜだろう。

好きなことを選ぶのにはリスクがある。勇気がいる。あれもこれもできたら一番いいのかもしれないけれど時間は限られている。生きる時間も限られているし生きている間にできる好きなことへの時間だって限られている。その中でどう効率よく生きられるのかっていうことばかり考えていた。

学生になったいま、家族のサポートもあって少ないバイトでなんとか食べていけている。贅沢はできないし旅行なんてできない。でも毎日一冊一本の映画と本とともに過ごしていられるこの瞬間ってすごく幸せだし自分の好きを全うしている。

それには時間を好きへ向かわせ、好きに費やすリスクとお金との反比例の問題がある。お金目当てでもっときつい仕事だって受けられたけどそれには体と時間を引き換えにすることになった。書く時間もないだろうし何よりきっともっともっと泣いていたと思う。なぜ自分はまたこのループにはまっているんだろう。お金は入るかもしれないけれどストレスと悲しみに縛られて勉強の時間も疎かになる。

わたしは好きな人たちと好きなことをして生きていく。もう決めたんだ。甘いとかそんなに簡単じゃないっていう人もいるかもしれない。でもこれはわたしの人生でわたしが生きるわけ。誰にも何も言わせないし、何より楽しく生きたいもん。
自分のことも自分の生きている世界を大好きでいたいもん。

ただそれだけ。

 

 

mugiho

 

自分がわからないから相手がわからないし、相手も自分のことがわからない


確かに近い関係も大切なんだけど一番は大切なのはいかに自分との関係と向き合っていけるかなんだよね。

自分がわからないから相手がわからないし、相手も自分のことがわからない。お互い様っていうところだね。人間ってなんだかよくわからないところでわがままで気を抜いちゃうみたいで近くなった人間はわたしをわかってくれるみたいな幻想に陥っちゃう。

そりゃあみんな理解されたいし、認められたいし、愛されたいし、そうだねって言われたいよね。わたしなんかもうめちゃくちゃそうされたい。でもさ自分の外にあるものってすべてコントロール不可能なんだよね。住む場所とか働く場所とかそういう俗世の装飾について言ってるんじゃなくて感情とか人間とか突如起こる人間ドラマとか人の動きとか。相手の脳波でも操作して遠隔で感情コントロールとかできれば別なんだろうけどあいにくわたしにはそんな高度なスキルもないので大人しく起こることを観察して受け止めるしかないんだけどなかなか難しくて結構あっという間に相手の波とかリズムに飲み込まれちゃうのね。それがいい時もあるんだけどさ、こうまだ自分という人間があやふやで悩んで困ってる身からしたらわざわざブラックホールに飛び込んでいくみたいな行為なんだよ。つまり自爆行為。

わたしに一番近いわたしが何が何だかわからないならわたしの外にいるその他大勢の人たちはもっとわからないよね。ということはまず、どう生きていくにしてもどうしても逃げられない自分との関係をなんとかしないとなんとかならい。そこからだね。あとはもうどうなるかわらかないけど、きっと自分の中からたくさんのドロドロした欲望とか希望とか悲しみとか憎しみとかもう見たくないくらいの物が埋まってるんだと思う。それらを丁寧にひとつずつ掘り起こしていくのが最初の最初。始まりの前の始まりっていうところかな。

 

人生はそれからだね。
今回の学業休暇の課題にしよう。
質問リストでもつくったらまた書こう。

 



mugiho

 

寂しくて悲しくてたまらない夜もある

なんでいつもこんなに心が空っぽなんだろう。

すべてはいつか終わるんだっていう事実が常に頭ので渦を巻いている。
楽しい時間はいつか終わるし、美しいと思っていたものは静かに枯れていく。
枯れた花に美しさを感じていられるのもきっと心が明るいうちだけで、寒くて雨が降り注ぐ冬の早朝に仕事に向かう足取りでその枯れた花に美しさを感じ続けられることができるだろうか。

幸せ、楽しいことが起こっている間は誰だってその喜びを感じることができるんだろうけど、人と関わっていく中で理不尽で悲しくなってしまうことってたくさんあって、その中で平静を保って幸せを唱え続けられる人ってどれくらいいるんだろう。

どうやったら幸せをちゃんと感じられるのかな。

だいぶ心が疲れているみたいで日常の当たり前の景色が灰色に見えてしまって寒さはわたしをいじめるための道具としか思えない。涙がどんどん流れてくるけどどうやって止めればいいのかわからない。人と会えばそれなりに話せるし楽しいんだけど別れた後、心の中に大きな空っぽの穴ができる。いくら大好きな相手と過ごした後でもその大きな穴を埋めることができない。それはきっと自分でしか埋めることのできない穴でその方法がわからないんだ。

 



mugiho