はじめまして、からの自己紹介は何回繰り返しても慣れない

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ニュージーランドの空は落っこちてくるくらいに近い)

 

はじめまして、からの自己紹介は何回繰り返しても慣れないなと

思いながらもはじめましてと言ってみる。

現在、南半球の果ての国でシェフ見習い中の21歳。

 

ある冬の夕方に東京で生まれてから同じ場所に2-3年以上留まったことはなく、常に動き続け、転校を繰り返した結果:小学校8校 中学校2校 高校2校。 そして引っ越し回数はそれ以上、たぶん20回くらいかな。引っ越し歴21年、プロフェッショナルです。

 

生後6ヶ月で初めて飛行機に乗る

もちろん何も覚えていなくて、その後2年間ほど住んだニュージーランドは写真からしかわからない自分の空白地帯。

 

九州で保育園へ通ったのはいいけど、なんだか合わないと幼いながらに思いはじめていた矢先にオーストラリアへの転勤。

ブリスベンから内陸3時間ほどの僻地にある牧場で3年間。はじめての幼稚園も小学校もアルファベットも、全てこの土地がはじまりだった。 真っ平らな地平線の向こうに沈んでいく太陽、こんなに赤くてピンクだったっけ。夕焼けに圧倒され、蜂に刺され、クラゲに刺され、馬とたわむれ、エミュー(オーストラリア版のダチョウ)と友達になり、感覚を感じていく自分の原点ってここだ。

 

帰国してからもとにかく毎年転校。

小学二年生で初めて日本の小学校へ足を踏み入れた私は本当に逆カルチャーショックとでもいうのか、とにかくすべてが新しくて、あまりにも世界とシステムと空気が違いすぎて何度も心が折れていた。

結局それを引きずったまま中学高校となんとか生き抜く。

 

こんなにも強くはっきりと「死ぬ」と思ったことは一度溺れた時以来だろうか。

中学校の卒業式か終わった後、母と一緒に祝っていたら突然襲ってきたこの世の終わりを告げる揺れ。私はその瞬間に死を覚悟した、本当に本気で冗談ではなく。東日本大震災福島県の内陸在住だった私の地域は津波の被害はなかった。机の下で眠り、ガラスで粉々になった床の上をスリッパで歩いた。ぎっしり本の詰まったとんでもなく重い本棚は横に倒れ、並べていた大好きな本たちが床に散乱していた。

町は騒然としていた。割れた道路と破裂した水道管と止まってしまったガスと水道と電気。別れたばかりの友人たちに必死で連絡した。いつまで経っても眠れなかった。ずっとずっと揺れている気がした。

 

気がつけば2週間後、私は九州最南端にいた。 合格していた高校を蹴って、誰も何も知らない土地へ。なにをどう感じていいのかわからないまま、混乱したまま夏休みになった。それでも人間は時間というもに癒される存在で、少しずつ、そしていつの間にか火山灰の降り注ぐ夏もありえない課題の量も蝋引きされた木の廊下も、好きになっていた。

 

やっと慣れたと思ったら、今度は家族が

移住を目指したニュージーランドへの引っ越し。

心のどこかでは日本を出ることを決めていた私はこの時初めて迷った。

いまのこの環境に居続けたらどうなるだろうか。ここでまた一からはじめることは果たしてどうなんだろう、この移住がうまくいく保証なんてどこにあるんだろう、と。

それでも結局は行くことにした。

 

海を渡りたどり着いた羊の国、とても冷たい雨が降っていた。

来たことあるはずの土地でありながら記憶がないので初めての体験であるはずなんだけど、でもどこかでは知っているような感覚が。

ここで私は「書く」ことに目覚める。 

somewhere.hatenablog.com

 

その後、またまた家の事情で帰国することになる。

なぜ自分の人生は真っ直ぐに進んでくれないんだろう、周りの友人たちの生活を眺めながらそんな鬱々とした1年半を過ごした後、東京の私大に入学する。そこで出会った大学生活は私のイメージとはかけ離れたものだった。また殴られるようなカルチャーショック。そのまま1年目の後期から休学してしまう。

 

次の年にはまたもやニュージーランドへ。

三度目の正直。

ここに拠点を作り上げる、そんな覚悟で持ってきたかった本たちもほとんど残して飛んできてしまった。 私には書くことと考えること、そして映画しかない。

 

それだけ、ではなくてそれがあるからこそ私は見知らぬ土地で生き続けてくることができたのだ。

そしてこれからは自分自身が次の行き先を選ぶ。

心に決めて。 冬の7月のある真夜中に

 

mugiho

 

直線上の一点に立ってみて

 

明日から始まる4日間を乗り越えると、そこには真っ新なページが待っている。いつの間に?という問いは私たちがある転換点に立つときに、自分に投げかける言葉である。

 

いつの間に、この場所に立ってこの文章を書いて、この空を見上げていたんだろう。

 

ここに来るまでに選んできた道の現実は、決めた瞬間にはその時の自分なりに考えて悩んで吟味して、を繰り返してきたもので、そのときに決めた自分を決して責めることはできない。それでも、どうしても時間という概念が直線的である私たちの感覚について思うとき、原因結果の法則というものを用いて、「後悔」というどうしようもない心を抱えてしまう。

 

あのとき、誰と会い、何を選び、どの角を曲がったかでこんな所に辿り着くなんて。こうしていれば、どう違ったのか。そのシナリオの数を見ると、私は脚本家になれるのではないかと真剣に思う。

 

またそれも選択であるのだけど。

 

そうしているうちに21歳になってしまった、2017年。

何かが始まろうとしている予感というのは節目に現れる自分の中で唯一の信頼できる感覚で、この4日間の後に起こり得るすべてはたぶん、これから先の長い(あるいは短い)人生をも変えてしまうだろう、というくらいの力がある変化な気がしている。

 

空気が変わる音がするくらいに明確で大きくて近づいてくるその足音は、果たしてこの先に続く直線の上にどんな物語を描いていくのだろうか。

 

未来にだけ期待して、過去に対して絶望したくない。

いま立っているこの場所で、いま感じることのできる風と空をその瞬間だけ覚えていたい。変化の真っ只中に身を投げたいのではなくて、いままさに、こうして変化に対して構えているこの自分の声を聞いていたい。

帰ってくる場所について

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帰ってくる場所がないままにこうして21年を過ごしてきて、

自分の後ろに残ったものとは。

 

毎年のように住む場所が変わり、学校が変わり、生活が変わるのが当たり前な人生を生きてきた。気づけば微妙な期間しかいなかったその場所に自分の居場所はなくて、「帰る」というほどの親密さもなければそこへの縛りもない。

 

ある意味では自由なのかもしれないが、自分は常に、

どこか心が帰れる物理的な場所を求めていた。

 

それはとても寂しい体験だった。

時間というものに、私は決して勝つことができない。

そんな絶望を抱き始めたのは、たぶん、気ままでどこへもたどり着かない、

他愛もない会話や非生産的な時間に憧れ始めた十代の頃。

 

昔の失敗を引っ張り出してきて訳も分からなく笑ったり、あの時、

誰が、なにした、どうした。私の耳にはすべてが理解できない言語だった。

 

とても孤独だった。

新しい場所から始める困難よりも、

こたえたのは帰れない、ただそれだけだった。

 

怖かった。

自分がどこかでつまずいて、その場所から離れないといけなくて、逃げないといけない時に、私はどこへ向かえばいいのだろうかと、眠れない夜、飛び立てない恐怖。

 

自分とは何か、そんな定義を模索するあの頃に(いまも尚)いろいろな項目が加味されるわけだが、自分の帰れる場所というのは私の中では大きな割合を占めていた。

 

そんな不安定さを持ったまま、私は21になった。

 

時間を重ねて、こうして物理的に動き続けた自分の人生の地図をいまこうして眺めてみると、ある感覚が降ってくる。それは訪れたすべての場所への愛。

 

雨が多かった。

乾燥した砂漠みたいな大地。

凍った道路と体の芯から冷え込む寒さ。

燃えるような夕焼け。

どこまでも続いてく海。

端っこが見える東京という街。

夜の光はネオンだったり、星だったり、

あまりにも眩しい月明かりだったり暗闇だったり。

聞こえるのは虫や鳥の声、車のクラクションだったり、波の音だったり。

言葉たちは、不思議なイントネーションと、まったく違う言語と、

大きな声、柔らかい口調、すべてが混ざり合う無秩序な音の渦。

 

淵に立ち続ける孤独、それは私をつくりあげた。

帰る場所は、訪れた場所すべて。

それはいま、私というひとりの人間の中に

ひとつの大陸となって、そこが帰る場所。

 

mugiho

 

不確かな世界へ 3

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LOST SOUL

 

3.

その目なのか石なのかわからない物体を拾い上着のポケットに突っ込んだ。ひんやりと冷たい。ビー玉みたいな滑らかさ。思っていたよりも小さくて指の間にすっぽり収まるその小さな正体不明の(私は目だと思っている、どこからかくる確信。不可能な確信。)ものをもてあそびながら再び歩き出す。

 

喧騒の中での一瞬のこの出来事はこれからの何かの啓示のような気がしてならない、と思い始めるのは占いや運命をいまだに信じ込んでいる迷信的な自分だ。それを制するように偶然の確率論、心理学的な思い込みや生物学的観点からの欲求へと思考を引っ張っていき前者の可能性を静かに消していく。そうでもしないとバランスを崩してしまう。

 

さて、私はどこへ向かっていたんだっけ。非日常に少し寄り道してしまうとなかなか戻ることができないのも何かと不便だ。そうそう、本屋だ。本屋へ向かっていたんだ。思い出すと早い、イヤホンをしっかり耳にはめ直していまかかっている曲を確認し(Oh Wonderの『Without You』)人の流れ、まさに流れという速さの中に飛び込んでいく。さっきのかつかつした足音は消え、それは私の手の中にある。なんだろう。じっくり見る暇がなかったな、と今更のことのようにおもい、でもとりあえず歩く。

 

やっぱり秋だ。空気だけじゃない。妙な寂しさがある。それはこれがこうだからこうでああでうん、そして結果としてこうなる。と説明できない、秋だけが持ち得る特別ななにか。言葉で説明してはいけない。言い聞かせることは簡単だ。頭は大抵自分の言うことは聞かない。気づけば私の足は本屋への入り口を登っている。急いでいたみたいだ、少し息が上がっている。段差は浅く、段数は多く、簡単に登れているのかどうかわからない。みんなもうひとつの少し狭くて表通り側にある階段を使うからこっちはガランとしている。

 

 

mugiho

 

やけに静かな心臓と

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やけに鼓動の音が静かだ、と思う。

自分はこの世界に存在していないのではないかという衝撃的な事実が降ってきて私は心臓発作の一歩手前で立ち止まる。右手を左胸の下に当てて。右手で左手首の青い線を探して。両手で首をつかんでみる。

 

聞こえる。

 

そんな当たり前のことを日常的に確認しなければ前へ進むことができない。

こうして日々の中に突然と現れる現実という(もしかしたらハリボテかもしれない)世界をひとつひとつ確かめていかなければ自分の呼吸さえもすることができない。

 

なぜ。どうして。

すべてに対するすべての問いを抱えて。

 

人と人が行き交う街はもはや人間の住む場所ではなくて、流れていくたくさんの何かが一箇所に押し込められる場所。そしてそれは一瞬の密度を保ってからまるで蜃気楼のように遠くへ消えていく。

 

街は所詮そんなところだ。

相手は意識が集合知として稼働している「社会」だ。

そんな中で自分の心臓の音なぞ聞こえるはずもない。

 

と言い聞かせながら夜を鏡に帰路につく。

 

 

mugiho

 

見えない場所、聞こえない言葉。

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Fire tonight in Greenpoint

 

見えない場所でなにをしているのか。

まだどこにも辿り着けない自分は毎日をどう生きているのか。

人に認めてもらいたいんだという叫びを押し殺しながらそれでもなんとか平静を保って日常を送っていくのに良い悪いもなくて、そこにあるのは自分の心の感じ方だけなんだ。

 

自分が歩いて来た道を振り返ってみるとなんて、なんて遠回りをしてきたんだと思う。

そしていまもまだこうしてどこにも行けない自分がいて、周りを見つめるといま立っている場所は途方もなく遠くてどこでもないどこかで比べながら落ちていく心をどう受け止めればいいのか。

 

それでも大丈夫、と言うのは簡単かもしれないけれど実際にその道中にいる人間にそんな気休めみたいな言葉は届かない。そこにある刺すような風の痛みとか晴れない霧みたいな迷いとかそんな中を彷徨う人たちにはなにを言えるのだろ。

 

聞こえない言葉は強い。

言葉にならないことに胸が満たされたとき人は、言葉との関係をもっと深める。文字があるその奥には、言葉にならない呻きがある。そう思って誰かの文章を読んでみる。書かれていないはずのことが、まざまざと心に浮かび上がってくるのに驚くだろう。奇妙に聞こえるかもしれないが、言葉とは、永遠に言葉たり得ない何者かの顕現なのである。

 『言葉の贈り物』若松英輔

 

そんな言葉たちを言葉の間に探しながら。

 

 

mugiho