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不確かな世界へ 3

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LOST SOUL

 

3.

その目なのか石なのかわからない物体を拾い上着のポケットに突っ込んだ。ひんやりと冷たい。ビー玉みたいな滑らかさ。思っていたよりも小さくて指の間にすっぽり収まるその小さな正体不明の(私は目だと思っている、どこからかくる確信。不可能な確信。)ものをもてあそびながら再び歩き出す。

 

喧騒の中での一瞬のこの出来事はこれからの何かの啓示のような気がしてならない、と思い始めるのは占いや運命をいまだに信じ込んでいる迷信的な自分だ。それを制するように偶然の確率論、心理学的な思い込みや生物学的観点からの欲求へと思考を引っ張っていき前者の可能性を静かに消していく。そうでもしないとバランスを崩してしまう。

 

さて、私はどこへ向かっていたんだっけ。非日常に少し寄り道してしまうとなかなか戻ることができないのも何かと不便だ。そうそう、本屋だ。本屋へ向かっていたんだ。思い出すと早い、イヤホンをしっかり耳にはめ直していまかかっている曲を確認し(Oh Wonderの『Without You』)人の流れ、まさに流れという速さの中に飛び込んでいく。さっきのかつかつした足音は消え、それは私の手の中にある。なんだろう。じっくり見る暇がなかったな、と今更のことのようにおもい、でもとりあえず歩く。

 

やっぱり秋だ。空気だけじゃない。妙な寂しさがある。それはこれがこうだからこうでああでうん、そして結果としてこうなる。と説明できない、秋だけが持ち得る特別ななにか。言葉で説明してはいけない。言い聞かせることは簡単だ。頭は大抵自分の言うことは聞かない。気づけば私の足は本屋への入り口を登っている。急いでいたみたいだ、少し息が上がっている。段差は浅く、段数は多く、簡単に登れているのかどうかわからない。みんなもうひとつの少し狭くて表通り側にある階段を使うからこっちはガランとしている。

 

 

mugiho

 

やけに静かな心臓と

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やけに鼓動の音が静かだ、と思う。

自分はこの世界に存在していないのではないかという衝撃的な事実が降ってきて私は心臓発作の一歩手前で立ち止まる。右手を左胸の下に当てて。右手で左手首の青い線を探して。両手で首をつかんでみる。

 

聞こえる。

 

そんな当たり前のことを日常的に確認しなければ前へ進むことができない。

こうして日々の中に突然と現れる現実という(もしかしたらハリボテかもしれない)世界をひとつひとつ確かめていかなければ自分の呼吸さえもすることができない。

 

なぜ。どうして。

すべてに対するすべての問いを抱えて。

 

人と人が行き交う街はもはや人間の住む場所ではなくて、流れていくたくさんの何かが一箇所に押し込められる場所。そしてそれは一瞬の密度を保ってからまるで蜃気楼のように遠くへ消えていく。

 

街は所詮そんなところだ。

相手は意識が集合知として稼働している「社会」だ。

そんな中で自分の心臓の音なぞ聞こえるはずもない。

 

と言い聞かせながら夜を鏡に帰路につく。

 

 

mugiho

 

見えない場所、聞こえない言葉。

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Fire tonight in Greenpoint

 

見えない場所でなにをしているのか。

まだどこにも辿り着けない自分は毎日をどう生きているのか。

人に認めてもらいたいんだという叫びを押し殺しながらそれでもなんとか平静を保って日常を送っていくのに良い悪いもなくて、そこにあるのは自分の心の感じ方だけなんだ。

 

自分が歩いて来た道を振り返ってみるとなんて、なんて遠回りをしてきたんだと思う。

そしていまもまだこうしてどこにも行けない自分がいて、周りを見つめるといま立っている場所は途方もなく遠くてどこでもないどこかで比べながら落ちていく心をどう受け止めればいいのか。

 

それでも大丈夫、と言うのは簡単かもしれないけれど実際にその道中にいる人間にそんな気休めみたいな言葉は届かない。そこにある刺すような風の痛みとか晴れない霧みたいな迷いとかそんな中を彷徨う人たちにはなにを言えるのだろ。

 

聞こえない言葉は強い。

言葉にならないことに胸が満たされたとき人は、言葉との関係をもっと深める。文字があるその奥には、言葉にならない呻きがある。そう思って誰かの文章を読んでみる。書かれていないはずのことが、まざまざと心に浮かび上がってくるのに驚くだろう。奇妙に聞こえるかもしれないが、言葉とは、永遠に言葉たり得ない何者かの顕現なのである。

 『言葉の贈り物』若松英輔

 

そんな言葉たちを言葉の間に探しながら。

 

 

mugiho

 

 

不確かな世界へ 2

 

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2

聞こうとすればするほどの聞こえなくなるのはなぜ。

一方で聞きたいと願う音や情景や情報が一気に駆け巡るのは?

 

過ぎ去っていく人々の顔を認識しようと私は地面の影を見つめていた顔を上げてほとんど上を向いたような状態で歩く。果たして、これで人の何にかが読めるとでもいうのか。言葉さえもまともに人に理解されないのだから人の顔からなんて何がわかるんだと言いたくなる。その気持ちはよくわかる。いまもなお。

 

ぼんやりと歩くとはこのことを言うのだ。

そのまま道端の足首より少し上までくらいの花壇に足をぶつける。擦りむく。滲んでくる深紅色に魅せられて私は動けなくなった。

 

自分の体を駆け巡るものの中にこんなにも鮮やかな色があるとは。

もしかしたらそのためだけに血はこんなにも赤いのだろうか。

そんなことを思いながら、まだ目が覚めないまま嘘の言葉で固められた東京の夜を歩く。そこら中にギラギラしている言葉たちには手段以外のなんの意味もない。そう言ってしまう全てに意味がない。つまり私たち始まりから既に尽くしてしまっているのだ。

 

道ゆく人々って何を考えているのか。

この中に少しでも忘れ去られていく記憶に少しでも何か思う人はいるのか。

 

心が叫びたくなるのは秋。

昨年の冬から着すぎてひとまわり伸びてしまったセーターの首元を近くに引っ張って少しでも目で見える箇所を埋め尽くそうとする。やけに足音が響くと思いながら立ち止まって靴の裏を見ると真っ青な何かが小さな溝の間に埋まっている。近くにあった小枝を拾って青を取り除く。それはなんとも言えない爽快な響きを抱えて灰色のコンクリートの上に転がり落ちた。周りに人がいないのを確認して急いでそれを拾いに行くと今度は青くないのだ。透明でかすかに先ほどの青で濁っているような気もしなくない。誰かの目だ。ふとそう思ったのはなぜかわからないのに妙な確信を帯び始めたその思いはいつの間にか私の中で事実となっていた。そしてそのとても妙な事実を変だともなんとも思わない自分。一瞬でその目につかまれてしまった。

 

 

mugiho

 

不確かな世界へ

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nobody's heart it perfect

 

伝わる世界はなんて狭くて嘘っぱちなんだろ。

思いがそのまま隣に伝染しているのではないかと疑うくらいに自分の内から溢れ出ていても、それを言葉という媒体に落とし込んだ瞬間、そこにあった思いとか見えなくてふわふわしていて、でも確かに存在していた浮遊物は一気に姿を消してしまう。

 

そんな出来事を何度も経験するうちに私はあまり言葉を発しなくなった。

朝露みたいに消えていくそれらの感情の色や空気を眺めていたらこうして毎日生きていることがなんて切ない営みなんだろうというかき乱されるような何かが心臓から手足まで広がっていく。

 

消えてしまうのが怖いのか。

それとも言葉にした瞬間にそれが何か固定の確実なものとして、どちらかというと物質としての質感をもった風にこの世界にどん、と居座るのが嫌なのか。

 

言葉の世界と向き合えば向き合うほどに孤独になっていくような気がしている。とりあえず空を眺めよう。いままで書くことばかりに専念していたのをひたすら眺める時間に費やすようになった。空間に穴があいてしまうのではないかと心配になるほどじーっと見つめているとそのまま一周して自分の背中にジリジリとその視線がのめり込んでくる。

 

結局はそういうことなのか。

私は自分を見ていて、怖いほどに感じる外の視線は実は自分の視線で、言葉にして消え去る世界には私の影が生きているのか。だからか?こんなに言葉の世界を信じられなくなったのは。

 

風が小さな洋服の繊維の穴を通り抜けて直接肌に突き刺さってくる。

痛い。秋になると熱というバリアが剥がれ落ちてすべてがむき出しになる。

小さくて微かにしか響の聞こえないこの心臓とか。

たくさんの真っ赤な線のはいった手の甲とか。

 

袖の中に手を隠し入れながら少しでもその隙間を埋めようと耳の中でこだましている音に集中する。

 

 

続く

 

 

mugiho

ふたつの音

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季節の音が静かに忍び寄ってくる。

そこには微かなささやきと、地面の底から這い上がってくるような低い深い心臓の音みたいな力強さと両方を備えていて、朝に吹く風によってどちらかが大きく聞こえる。

 

空が燃えていた。

雲からちゃんとでてくることのできなかった太陽が、その怒りをぶつけるように輝くから、空は本当に燃えているみたいで一瞬怖くなった。

 

そう、心臓の音みたいに身体中に響き渡る朝だった。

 

そうして少しずつ少しずつ季節というのは大きな変化と小さな変化を行き来しながらあっち側へと、完全に移行する。

 

その間の揺らぎが何よりも好き。

空白に生まれる新しい音。思い出と未来とこの瞬間が一気に駆け巡る。

毒された血液は髪の毛の先から足の指の爪の先端までに届ける、その揺らぎを。

 

揺らぎにつかまれた自分には逃げるあてもなく、ただその揺らぎの間を歩くしかないのだ。もたげてくる痛みとか悲しみとか怒りとか悩みとか迷いとか、全部。

 

逃げたくなる。

それでも毎朝聞こえてくる大小の足音からは逃げることはできない。

起き続けて、その音をひたすらに聞き続けるしかないのだ。

 

 

mugiho