不確かな世界へ 3

f:id:muuu295:20170521181259j:plain

LOST SOUL

 

3.

その目なのか石なのかわからない物体を拾い上着のポケットに突っ込んだ。ひんやりと冷たい。ビー玉みたいな滑らかさ。思っていたよりも小さくて指の間にすっぽり収まるその小さな正体不明の(私は目だと思っている、どこからかくる確信。不可能な確信。)ものをもてあそびながら再び歩き出す。

 

喧騒の中での一瞬のこの出来事はこれからの何かの啓示のような気がしてならない、と思い始めるのは占いや運命をいまだに信じ込んでいる迷信的な自分だ。それを制するように偶然の確率論、心理学的な思い込みや生物学的観点からの欲求へと思考を引っ張っていき前者の可能性を静かに消していく。そうでもしないとバランスを崩してしまう。

 

さて、私はどこへ向かっていたんだっけ。非日常に少し寄り道してしまうとなかなか戻ることができないのも何かと不便だ。そうそう、本屋だ。本屋へ向かっていたんだ。思い出すと早い、イヤホンをしっかり耳にはめ直していまかかっている曲を確認し(Oh Wonderの『Without You』)人の流れ、まさに流れという速さの中に飛び込んでいく。さっきのかつかつした足音は消え、それは私の手の中にある。なんだろう。じっくり見る暇がなかったな、と今更のことのようにおもい、でもとりあえず歩く。

 

やっぱり秋だ。空気だけじゃない。妙な寂しさがある。それはこれがこうだからこうでああでうん、そして結果としてこうなる。と説明できない、秋だけが持ち得る特別ななにか。言葉で説明してはいけない。言い聞かせることは簡単だ。頭は大抵自分の言うことは聞かない。気づけば私の足は本屋への入り口を登っている。急いでいたみたいだ、少し息が上がっている。段差は浅く、段数は多く、簡単に登れているのかどうかわからない。みんなもうひとつの少し狭くて表通り側にある階段を使うからこっちはガランとしている。

 

 

mugiho

 

見えない場所、聞こえない言葉。

f:id:muuu295:20170515192432j:plain

Fire tonight in Greenpoint

 

見えない場所でなにをしているのか。

まだどこにも辿り着けない自分は毎日をどう生きているのか。

人に認めてもらいたいんだという叫びを押し殺しながらそれでもなんとか平静を保って日常を送っていくのに良い悪いもなくて、そこにあるのは自分の心の感じ方だけなんだ。

 

自分が歩いて来た道を振り返ってみるとなんて、なんて遠回りをしてきたんだと思う。

そしていまもまだこうしてどこにも行けない自分がいて、周りを見つめるといま立っている場所は途方もなく遠くてどこでもないどこかで比べながら落ちていく心をどう受け止めればいいのか。

続きを読む

不確かな世界へ 2

 

f:id:muuu295:20170513173329j:plain
 

2

聞こうとすればするほどの聞こえなくなるのはなぜ。

一方で聞きたいと願う音や情景や情報が一気に駆け巡るのは?

 

過ぎ去っていく人々の顔を認識しようと私は地面の影を見つめていた顔を上げてほとんど上を向いたような状態で歩く。果たして、これで人の何にかが読めるとでもいうのか。言葉さえもまともに人に理解されないのだから人の顔からなんて何がわかるんだと言いたくなる。その気持ちはよくわかる。いまもなお。

 

ぼんやりと歩くとはこのことを言うのだ。

そのまま道端の足首より少し上までくらいの花壇に足をぶつける。擦りむく。滲んでくる深紅色に魅せられて私は動けなくなった。

 

自分の体を駆け巡るものの中にこんなにも鮮やかな色があるとは。

もしかしたらそのためだけに血はこんなにも赤いのだろうか。

そんなことを思いながら、まだ目が覚めないまま嘘の言葉で固められた東京の夜を歩く。そこら中にギラギラしている言葉たちには手段以外のなんの意味もない。そう言ってしまう全てに意味がない。つまり私たち始まりから既に尽くしてしまっているのだ。

 

道ゆく人々って何を考えているのか。

この中に少しでも忘れ去られていく記憶に少しでも何か思う人はいるのか。

 

心が叫びたくなるのは秋。

昨年の冬から着すぎてひとまわり伸びてしまったセーターの首元を近くに引っ張って少しでも目で見える箇所を埋め尽くそうとする。やけに足音が響くと思いながら立ち止まって靴の裏を見ると真っ青な何かが小さな溝の間に埋まっている。近くにあった小枝を拾って青を取り除く。それはなんとも言えない爽快な響きを抱えて灰色のコンクリートの上に転がり落ちた。周りに人がいないのを確認して急いでそれを拾いに行くと今度は青くないのだ。透明でかすかに先ほどの青で濁っているような気もしなくない。誰かの目だ。ふとそう思ったのはなぜかわからないのに妙な確信を帯び始めたその思いはいつの間にか私の中で事実となっていた。そしてそのとても妙な事実を変だともなんとも思わない自分。一瞬でその目につかまれてしまった。

 

 

mugiho