不確かな世界へ
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伝わる世界はなんて狭くて嘘っぱちなんだろ。
思いがそのまま隣に伝染しているのではないかと疑うくらいに自分の内から溢れ出ていても、それを言葉という媒体に落とし込んだ瞬間、そこにあった思いとか見えなくてふわふわしていて、でも確かに存在していた浮遊物は一気に姿を消してしまう。
そんな出来事を何度も経験するうちに私はあまり言葉を発しなくなった。
朝露みたいに消えていくそれらの感情の色や空気を眺めていたらこうして毎日生きていることがなんて切ない営みなんだろうというかき乱されるような何かが心臓から手足まで広がっていく。
消えてしまうのが怖いのか。
それとも言葉にした瞬間にそれが何か固定の確実なものとして、どちらかというと物質としての質感をもった風にこの世界にどん、と居座るのが嫌なのか。
言葉の世界と向き合えば向き合うほどに孤独になっていくような気がしている。とりあえず空を眺めよう。いままで書くことばかりに専念していたのをひたすら眺める時間に費やすようになった。空間に穴があいてしまうのではないかと心配になるほどじーっと見つめているとそのまま一周して自分の背中にジリジリとその視線がのめり込んでくる。
結局はそういうことなのか。
私は自分を見ていて、怖いほどに感じる外の視線は実は自分の視線で、言葉にして消え去る世界には私の影が生きているのか。だからか?こんなに言葉の世界を信じられなくなったのは。
風が小さな洋服の繊維の穴を通り抜けて直接肌に突き刺さってくる。
痛い。秋になると熱というバリアが剥がれ落ちてすべてがむき出しになる。
小さくて微かにしか響の聞こえないこの心臓とか。
たくさんの真っ赤な線のはいった手の甲とか。
袖の中に手を隠し入れながら少しでもその隙間を埋めようと耳の中でこだましている音に集中する。
続く
mugiho