人間感情バロメーター

aesthetic, film, and drive imageã®ç»å

 

自分の気持ちを自分で理解することはとても難しい。

あまり客観的に眺めすぎると自分が本当に感じていることを見落としてしまう。あとで結構痛い目に遭う。

 

あれ、わたしって?何?こんなこと思っていたの?考えていたの?って自分っていうものがとても簡単にわからなくなってしまう。

 

ときには自分の周りにいる人間が心の鏡になる。

人ってどんなに鈍いと言われる人でも無意識では結構敏感だと思っていて、だからわからないところで密かに相手の雰囲気とか感情っていうものをキャッチしている。

 

会ってなんとなく好きとか嫌いとか面白いとか知りたいとか怖いとかっていう感覚はすべてきっとその瞬間の相手の心模様であり同時に自分の心模様でもある。

 

ふたつの違う心がひとつの場所で雨宿りして(無理矢理)会話させられているみたいな感じかな。嫌でも気にしてしまう隣に立つ人の空気感。

 

相手すべてを定義する何かではないけ初めて会った時の感覚とか印象って大事。やっぱりその後の大きなベースになるよね。そこで結構決まっちゃうっていうのもある。見た目とか言動じゃなくてその前に宿る雰囲気。感じ。ああ好き。

 

だから人と会うっていう行為は同時に自分を知ることにつながっているということになるんだね。相手は自分の鏡で自分は相手の鏡。ああわたしは元気ないんだな。嬉しいんだな。そうか。そうか。少しずつわかっていく感覚。ああでもあまり客観的になってしまってはダメだね。嬉しい。楽しい。好き。嫌い。

ただそれだけ。

 

なんだか面白い縁があってこうして目の前に立っている人なんだよ。どんな確率だろう。このすべての出会い。朝の通勤で同じバスに乗る人。通りですれ違う人。レジの担当。何かしらの運命だねっていつもひとりで心の中で呟いている。

 

嫌だなと思う人が来たら「自分よ〜最近どうしてる?元気?大丈夫?」って聞いてみる。

 

楽しいな好きだなって思う人が現れたら「はああ幸せ嬉しい」ってひとりでホクホクしている。

 

人間は人間の感情バロメーターなのでした。

 

 

mugiho