読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

西加奈子さんを読み始めた

Read

 

今月に入って、西加奈子さんの本を片っ端から読んでいる。

自分の癖として、一度読もうと決めた著者の人がいるとその人の今手に入る

作品を全て読むというのがある。これが一度始まると他のものを読む余地が

なくなるので少々面倒なことになるのだが、まぁいつもなんとかこなしている。

 

さて、今のところ読んだのが、この5冊。

 

f:id:muuu295:20151112202113j:plain

f:id:muuu295:20151112201037j:plain f:id:muuu295:20151112201042j:plain

.

f:id:muuu295:20151112202209j:plain

 

f:id:muuu295:20151112202218j:plain

 

そんなに構えずにふと手に取っただけなのに、なんだろうかこのハマり方は。

彼女の描く人物は、とても不器用で、少し変わっていて、何かを抱えている。

ページの上で踊り出しそうな、動き出しそうな、そんな特別な躍動感が彼女の

文章や描く情景にある。それはそこに命を吹き込まれた主人公たちの思い。

その物語はとても嘘っぽくて、それでいていつの間にか引き込まれている。

 

創作の授業で物語とは、いいストーリーとは何かという議論をした。

教授はズバリそれは人を引きずり込めるものだと断言していた。それはとても

大きな要素であって、主人公がどんな悪者であれ、それをものともせずに読者を

グンと引っ張り込めれば大成功。それは優れた作家の一つの大きな基準になる。と。

 

いつも変な距離感と共に読書をしてきた自分にとってはどうすればそんなことが

できるんだろうと真剣に考えていた。どんなにへっぽこな主人公でも見捨てられ

てしまったら途方に暮れてしまうのだろうか。そんなことはわからない。

 

でも確かに一つの要素として人を引き込める、というのはとても大きな力だ。

そこには技術だけではない何かが動いている。そこには命がある。存在がある。

そんな確かな手応えを感じることのできる彼女の作品はどれも、とても強い。

そして同時にとても温かい。涙ぐんで、笑って、苦くて胸がいっぱいになる。

 

『さくら』に出てくる家族の言葉では言い表すことのできない繋がり。

『あおい』に出てくる不思議な男の子、カザマくんと「あたし」の世界。

どこかに何かを忘れてきた気がするこの毎日にふと気づかせてくれる。

あれ、この景色どこかで、この感情をどこかでっていう風に蘇らせる。

それは本物で、とんでもなくぶっ飛んでいるような、自分の人生とは全く

無関係であるような世界なのになぜこんなにもわかってしまうのだろう。

 

彼女は人間の普遍的な、もっとこ根っ子みたいなところ切り取る。

それは呼吸をしていて、私は長野のどこか山奥に寝っ転がり、兄ちゃんを

一緒に慕い、みんなの不器用な真っ直ぐさに心が折れそうになって、

会うことのできない場所へ行ってしまった人へのどうしようもない悲しみ、

会ったことのない相手に募る思い、恋に目覚めた二人の少女、手放した

あのガキは今どこかで幸せに暮らしていうだろうか、女装趣味のおじさんに

愛を叫ぶおじさん、一見めちゃくちゃでぶっ飛んでいるのになぜだろう。

 

どんどん引きずり込まれています。一語を読むたびに、それはまた新しい

方向へ、知らなかった自分の新しい感情に色を塗っていくみたいです。

もっと読みたくなる。そしてもっともっと生きたくなる。そんな物語たち。

 

ぜひ、なんでもいいので一度彼女の本を手に取ってみて。

気に入らなくても、納得できなくても、おかしくても、それはきっと

気づかないうちに何かを残していくから。物語って、そんなものです。

 

そのまま本の海に潜って潜って、深くて遠くて誰にも見つけられないところまで

行って、そこでずっとずっと気が済むまで、もう本なんて見たくないっていう風に

なるまで無限に積まれたその本たちをいつまでも読んでいたい。

 

いますごくそんな気持ち。

 

 

muuu