インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌

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インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌 (2013)

監督・脚本: ジョエル・コーエンイーサン・コーエン
撮影 ブリュノ・デルボネル

 

その影が彼を飲み込んでいくとき。

狭い路地裏で思い切り殴られて横たわっている姿を目の当たりにして、これはハッピーな成功物語ではないと何となくだけど感じる。それでもこの映画の隅々までが自分の中に入り込んできてその青くてグレーで暗い背景はいつのまにか歌い続けるルーウィンの姿でいっぱいだった。


二人で歌ってきたのにある日突然いない。パートナーの死を未だに受け入れることができずに、記憶と過去の狭間を行き来する毎日。共に歌ってきたマイクの死についてルーウィンによって触れられるシーンはほとんどないにも関わらず彼の存在というものがあちこちに散りばめられているのはなぜだろうか。ルーウィンが歌い、その声からそして歌い続けるのは。彼の存在を少しでもどこかに感じていたいからなのか。

 

と、あるところから猫が登場する。お世話になっている教授の猫なのだがなぜかとても懐かしい。部屋から出てしまったところからルーウィンと共に行動するようになるうちに何だかいつも一緒にいたような心地よさ。猫を通して見える外の人々との繋がり。観ているとだんだんともしかしたら?という疑問を持ち始める。あるところで自分の中で「!」ひらめく。そうだ、この猫はマイクなのだと。そうだ、彼なんだ。知らないのに、見たこともなのになぜだろう。でもわかる。不器用でいつも何だか迷ってばかりでどこへ行けばいいんだろう、どうすればいいんだろう、少し頑固なんだよ、ゆっくり外の世界とつなげてくれる。そして気づけば自分も、ルーウィンとおなじくらいにマイクが恋しくて、寂しくて、そう物語の中に引きずり込まれている。

 


Oscar Isaac - Fare thee well Orignal soundtrack (Inside Llewyn Davis)

 

たった数日の間の話にも関わらず、雪が降って雨が降ってシカゴまで行って帰ってきて会わないだろうと思っていた人と再会して自分と同じように音楽と共に何とか暮らしている同志たちに会って、少しずつだけど何かが動き始めているのを感じながら始まりは最後になって、それは終わりから始まる出発という物語でそして彼は決して終わらないんだよ、歌い続けるんだ。荷物を何回投げ出されようが何度でもギターケースを開けて何度でもステージに立ち続けてそしてなんとか大丈夫なんだっていうその根拠のない自信があるから自分もとてつもなくこの作品が大好きで、諦めきれなくて結局なんとかその悲しくて楽しい記憶と生き続けていく。


その細長い廊下は彼の短くて長い旅そのもので、望遠鏡みたいに小さくて大きくて複雑に絡み合ったその心を覗き込むような旅路で、その廊下の先には音楽が待っているんだって。

 

そして、オスカー・アイザックの声が信じられない。

くらいに最高すぎてもう。はい。この通り言葉がないです。 

 

muuu

 

P.S 英語版レビューはこちら

https://mugiho.wordpress.com/2017/01/07/inside-llewyn-davis-2013/

 

メモ:この物語は実在した60年代に活躍したフォークシンガーDave Van Rockの回想録「The Mayor of MacDougal Street」からエッセンスを取り出して書かれている。ニューヨークのグリニッチ・ヴィレッジ、フォークの最盛期について。

グリニッチ・ヴィレッジにフォークが響いていた頃―デイヴ・ヴァン・ロンク回想録