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ブログの存在=じぶん

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最近、ブロガーとして活動している人が一気に増えている。

ブログで稼いで生活している人もいるし大きなコミュニティがどんどんできて

時代が変化しているなと実感する。そんな中で自分みたいな人間が自由気ままな

意味不明なことばかりを書き連ねて何か意味があるのかとよく思ってしまう。

 

ブログには役立つことが書いてあるべき!とか、何かお金になることだったり

「有益」でないと読む人たちもあまり読みたいと思わないのかもしれない。

そもそもただただ活字に飢えててみたいな人間はそういないのかもしれない。

 

ただ私はブログの存在にはもっと違う意味があるのだと思う。

それはブログを書く「人」、その人そのものが在るということ・

情報はいくらでも溢れている。ニュースでも経験則でもあらゆるジャンルの人が

あらゆる形態で情報発信している。そんな中で一個人のブログというものを読む

理由とは。それはその人がどのようなレンズで世界を見ているのだろう、と興味を

持つから。同じ出来事でもそれに対してあの人はどんなふうに考えているのだろう。

自分の中にはない新しい目線を与えてくれる。知らなかった世界へ誘ってくれる。

 

その違うレンズが欲しくて、少なくとも私はそんな理由でブログを読んでいる。

人の話を聞く時も、どんなに自分の興味のなさそうなジャンルであったり、

嫌いだと思っていることやどうでもいいこと、どんな些細なことでも自分は

思い切り耳をすまして聞きたいと思っている。それはブログでもなんでも同じ。

 

自分の知らない世界とは、そもそも知らないのだからそれが存在していること

さえも知らない。つまり「自分」という世界の中にはそもそもないものなのだ。

それを自分以外の何かがふっと目の前に差し出してくる。

新しい視点や違う意見、嫌い(だと思っている)なものはすべて扉。

 

そしてブログはそれを体系化した場所。

一人の個人の意見だからとか、こんな意味不明なことばかり書いてとか

落ち込んでいたり書く意味を見失っていた時期は多かったけど(今もなお)

でも少しでも読んでくれている人がいるということは私の視点を見たいと

思ってくれる人が一握りだけどいるということでそれはなんだかワクワクする。

 

自分では当たり前だと思っていることが当たり前ではない。

それは当本人はわからないことだし外から指摘されて初めて気づくことである。

だからこうして個人がブログやSNSなどで発信していくこと自体にもう既に

意味はあるのだと思う。この間「ぼくらの仮説が世界をつくる」を読んで、

そのあとに友達からLINEでそれとシンクロする内容のメッセージがきて、

自分の中で何かがストンと自分の中に落ち着いてピッタリはまった気がした。

 

だからこうして「私」が書く意味。

それはもう私であるという時点で何かになっているということ。

好きなように表現して、自分の思ったこと、自分の世界から見た世界、

そして人とその世界を共有した時に見えた新しい世界、そんなものを

これから書いていきたい。自由に羽を伸ばしてどこまでも行ける。

 

なんたって世界は広いんだから。

 

 

 

muuu