矛盾した二つの想いに挟まれ葛藤して生きること

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よくある年末のまとめみたいなものは書きたくないと思っている自分の存在を認識して「ああ人間は皆、特別でいたいんだ」と思う。

人と違うことにはリスクはあるけれど、同時にその他大勢の波に飲み込まれることから逃れることができる。その人にとっての幸せや心地良さというものはそれぞれだと思っているけど人間、みんな少なからず自分はどこか違う、なんらかの形で特別でいたいと思っているんだよね。そう思っている自覚がなくてもどこかでうすーく、あるいは瞬間的にそんなことを思っている。誰かの一番でありたいとか。どこかで何かに関して少し突出していたい。

そんな欲求とは裏腹にわたしたちは人と違うことを恐れる。コミュニティや社会から疎外されることは生存の危機に繋がるという歴史を歩んできたわたしたちにとって、人と違うことは避けるべき道だった。人と共にあることは生き延びる術であり、その感覚はわたしたちの遺伝子に書き残されていた。

特別でいたい。
そしてみんなと同じでいたい。

そんな矛盾した二つの想いに挟まれ葛藤して生きることにわたしはそろそろ飽きていた。わたしはどこまでも自由でありたいと願っていたのに同時にこれらの間を行き来しながら少しずつ心をすり減らしていた。

どっちからも逃げ出したい。
でもどっちからも心臓を掴まれていてなかなか抜け出すことができない。
一方に振れて泣き明かした夜があるかと思えば、もう一方を思う朝の目覚めがある。
わたしはどっちでもあり、同時にどっちかに偏っていた。

そしてそれでいいんだって思い直せたのが今年のわたしの大きな収穫だった。

必然的によそ者になってしまう子供時代を過ごした後、自分という人間を形成していた要素の多くが「違い」だった。わたしがわたしとして存在するためにはどこかで何かが違うという違和感を抱いていなければならないと思っていた。

でも、こうして一つの土地に2年以上暮らし、その間に自分の元を去っていく人の方が多いという初めての経験を経てわたしは「ふつう」であることにとてつもない心地良さを感じていた。通り道の工事が始まり終わるのを見届け、葉っぱが赤から緑からまた赤に変わる巡りを2周以上する。一見毎日を繰り返し、なんて平凡で普通なんだろうと最初はとても焦っていた。自分の知っている友人知人たちはあちこち旅行し世界を歩いて就職して新しい人たちと出会って肩書きが変わり名前が変わり住む場所が変わっていた。その間にわたしは同じ土地に住み、似たような仕事をしてお気に入りのカフェをいくつか持つようになっていた。まだ修理されない道路の凹みに毎朝足を取られそうになる。小雨から虹が出て冷たい夜風に吹かれながら帰路につく。一日に四季があるというのは本当でもうどんな天気になろうと気にならなくなったしその変化にも当たり前のように対応できるようになった。

バスは途中で来るのを諦める時が何回に一回かはあるし、時々運賃をタダにしてくれる優しい運転手さんがいる。街ですれ違う人たちの顔のうち何人かはまた会ったね、こんにちはという人たちがいる。

 

わたしはこの街を愛するようになっていた。
こんな地球の果てで一体全体なにをしているんだろう。
自分の好きな仕事でもないことで生計を立てて隙間時間に言葉と芸術に心を捧げる。あまり社交的とは言えない性格なのにシェアハウスに住み始めてみたら意外にも楽しくって驚いてしまった。家を出るってこんなにも自由と責任をもたらしてくれるんだって、そこに見えた自分の未来の可能性にワクワクした。

 

この土地に慣れれば慣れるほど、その安心感、ホームベースを踏み台にして逆に前よりも新しいことに挑戦できるようになっていた。それはいままでの新しい土地での生活と組み立てていくプロセスとはまったく違っていて、そしてそれを楽しんでいる自分がいた。こんなにたくさんのライブに行った年は初めてで、ひとりで行ける場所が随分と増えた。

そして何よりも今年は良くも悪くもエネルギーに溢れる人たちとの出会いがたくさんあった。でもそれもこの国に自分の足を思った以上に長く突っ込んでいた結果であると思っていて、それによって生まれた心の小さな余裕が人と繋がる力をもたらしてくれたように感じている。

 

すべての体験が良かったとは言わないけどたくさんの感情がわたしの身体を駆け抜けていってそれらによって翻弄された言葉には妙な人間臭さが漂っていた。

 

書き方も変わった。
書くことは果たして自分が本気でやっていきたいことなのだろうかと何度も(いまも尚)自問自答したしその答えは出ていない。だけどこの大きな感情の一年を支えてくれたのは言葉以外の何物でもないことも事実でやはりわたしは一生言葉とともに生きていくんだろうなと思った。

一年はあっという間で来年は数時間後の明日でしかない。
いつも通りに陽は昇るし(たぶん)自分の体は自分のままベッドに横たわって「来年」の朝日を浴びている。

それでも今年が終わってしまうことにわたしたちは切なさを感じられずにはいられないし、こうして一年の反省なり振り返りなりを書かずにはいられない。
わたしはそんな人間っぽさがきっと何よりも好きなんだろうな。

2018年の皆さん、ありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
次の年でまた会いましょう。

 

mugiho

 

追記:英語記事はこちら

https://mugiho.wordpress.com/2018/12/31/that-last-page/