一年が終わるってどういうことだろうね

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あの一年が終わるという絶望や慌ただしさはなくただただとても落ち着いているわたしの2017年最後の日はたくさんのことが一気に降り積もったこの年にふさわしい終わり方なのではないかと思いながら洗濯物を干す。

 

一年が終わるってどういうことだろう。 いままで通りに日は昇るし深夜12時を過ぎたら「明日」になる。 でもその明日はもう2017年ではなく2018年という一年の始まりを意味していてそこにわたしたちは何かを感じるのだろう。

 

一年が終わるけどもわたしは普通にいつもの朝食をとって洗濯を回して部屋を片付けて窓を開けてベッドメイキングをしてノートを開いて机に向かって書く。特別な大掃除もしないしどこかへ行くわけでもない。 もしかしたら人生の中で一番平和で静けさに満ちた一年の終わりかもしれない。

 

一年が終わるということは。 カレンダーを1から12まで全部走り通して12月31日までやってきたということ。365日(あるいは366日)を過ごしたということ。西暦の数字がひとつ増えるということ。自分の年齢に数字が足されるということ。たったそれだけのことなんだけどね。 なにがこんなにもわたしたちの心をかき乱すのだろうか。

 

それにしてもなんて年だったんだろう。
新しい人たちと出会い別れ、大好きな友人たちの言葉に支えられて、自分が嫌で嫌でたまらなくて逃げきれないところまでやってきて。そうしたらわたしの書き方までもが変わってしまうほどの自分の中での自分の存在がぐるっと変わって果たしてそれが良いのか悪いのかはわからないけれどわたしは前よりもずっと自由に好きなことを書いて言えるようになった気がするんだ。

 

惨めだとか恥ずかしいとか悲しいとか寂しいだとかそんなくだらないほどにネガティブと言われることをたくさん書いて書いて書いてそしてそれに対して「別にそれもいいんじゃない?」って言っただけなのに。こんなにも心が軽くなるとは思わなかったよね。

 

まだたくさんの物事の途上に立っていて、ここにくれば達成とかそんな地点はわたしの人生には全然ないんだけどでもいまものすごくどきどきしているのはなぜ。見知らぬ土地へ心を踊らせ、現像待ちの写真への愛を蓄え、好きな人としか会わないよと決めたわたしはどこまでも自由で不器用でわがままなのかもしれない。

 

わたしは決して開き直っているわけではなくて。時間というものが怖くなったのかもしれない。一週間熱が下がらなくて体調を崩して横になって天井を見上げていたとき。時間が限られている、と体全体でこの事実を感じ取った。そこから少しずつ時間の存在が、そして自分自身の存在がいままでとはまた違った方向へ動き出しているのを感じた。そこからまた自分の心を向き合い、自分のどうしようもない心の真っ黒なものたちをひとつひとつ眺めていった。書き出していった。書いていくことと写真と映画はきっとわたしの人生そのものになるだろうと強く強く心が言った。

 

2017年が終わるよ。 一年、ありがとう。

 

mugiho