人は面白いほどに話を聞いていないという現実

 

人は面白いほどに話を聞いていない。

結局みんな自分の言いたいことだけ言って相手の話は聞いていない。

聞いているようにみえたら、大抵は半分くらい(もっとかも)流して聞いている。

 

稀にちゃんと聞いている人がいる。そうした人と会話するとすごい、と感心する。あまりにも普段接している人たちとちがう、ちゃんと聞いている、というのが実感としてわかるこの感じ。

 

別に相手にまったく興味がないわけではなくて、でも人間はなんだかんだでみんな自分が一番かわいいわけで、他人に自分を認めては欲しいけど一方では相手をも含めるほどの器は持ち合わせていない。だからお互いに認めてほしいながらも認め合わないまま微妙にすれ違ったままの付き合いという名のコミュニケーションをゆるく取り続ける。

 

わたしはこんな世界は嫌だと叫ぶ。

話を聞いて欲しいときははっきり聞いてほしいんだよね、と言いたいし、逆に相手の話を聞くときは全力で聞きたい。人が目の前に座って自分に言葉を発しているときにちゃんとそこにいたい。大抵の場合、人は相手の話を少しだけ聞きながら次に発する自分の話の予行練習を頭の中で展開させている。だから人の話を「しっかり」聞けることってすごい強みになると思うのだ。

 

あまり人と会わないわたしでもこんなにも人は人の話を聞いていないものなのかと実感するのだから他の人たちはもっともっと感じているかもしれない。

 

そして話が弾む関係というのは、お互いのこのバランス感覚が絶妙に合っていて、そしていて無理をしていない。どっちかが我慢ということはなくてそれぞれの発言が相手の世界を揺さぶり、その揺さぶられた世界から発せられるものに次にもう片方が揺れる。

 

揺れる世界をわたしは体験したいし、体験させたい。

人の話を聞くのもたまにはいいものだよ。

 

mugiho