大学に行けなくて嫌だったこと

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周りの友人たちが大学生活を満喫する中、

自分は大学へ行けないという事実にコンプレックスを抱いていた

とずっと思っていたのだが、そうではなかった。ちがう。

 

わたしは何度も大学に行き損ねている。

高校生だった時、理系選択で工学部目指していた。

その後、高校途中からニュージーランドへ留学して、都市計画を学びたいと思うようになった。大学に合格したのはいいものの経済的事情で帰国。

 

日本で受けられる大学がなかった。 家庭環境もボロボロだった。これからわたしはどこへどう進んで行けばいいのだろう。1年間何もできなかった。母が見かねてなんとか受けられるところと言って、私大を受けさせてもらった。なんとか入学できたものの、そこは到底体系的に物事を学べる場所ではなかった。1年で辞めてしまった。

 

その後はひとりで読んで書いての日々だ。

周りに哲学とかカオス理論について喋りあえる人はいない。

寂しかった。 いまもなお。

 

大学に行けなくて何が嫌だって?

体系的に物事を学びたいと思っていた自分の知識があちこちにバラバラ浮遊しているのが嫌なのだ。がっつり話すときにそれらが一か所に留まらないで勝手に歩き回っているのが嫌だ。まだ微妙にその知識とか情報とか思想が自分の中に落とし込めていないその慣れない感じが嫌だ。書いたり読んだりしたことを話し合ったり、その分野を極めた人と直接話せないのが嫌なのだ。

 

言葉が走り回って、たくさんの分野が一か所に存在しているあの空間に身を置いてみたいのだ。図書館の静けさとか終わりのないエッセイとリーディングの波に揉まれたい。わたしは純粋に知識と対話できる場所、そしてそれらが挑戦してくる場を求めているだけなのだ。

 

学歴という名が欲しいのではなくて。

わたしはただただ学べる場所が欲しい。

ただそれだけで、それが大学に行けなくて嫌なことだ。

 

mugiho