すべてが過去と記憶になる前に

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2015年という

一生に一度しかないこの一年が終わってしまう時、

自分には何が残るのだろうか。何を抱えていくのだろうか。

 

退院してから帰宅して書いては消しての

繰り返しを経てやっとたどり着いた。

 

私にとって今年一年は「孤 動」であった。

日本で大学へ進学することが決まり、最初は本当に嫌で仕方がなかった。

でもそこへ行ったことによって出会えた大切な友人や、映画にもっと関われる

チャンスに恵まれた。映画もたくさん観たし、東京にいるからにはと片っ端から

映画館へ足を運んだ。本も読んだ。小説が例年よりも比較的多かった。

雨の中を歩いて、音楽をたくさん聴いて、悔しくて涙を流した。

たくさん悩んで、全てを書きなぐって、そしてまた立ち止まっての繰り返し。

 

昨年とは違い、自分の身を大学という場に置くことによって相対的に浮上する

とてつもない孤独感。それはただ一人でいればいいだけ以上に自分にのしかかった。

一時期は本当に自分でも病んでいるなと思い始めて、でもそれでも簡単には

拭うことができないこの悶々とした心の渦は「言葉」として姿を表すようになった。

 

今思えばそれが自分には必要だったのかもしれない。

だからこんなにも書こうと思えた。無駄で自分の馬鹿さに呆れて、そのまま

愛想を尽かして自分から逃げたくなったけど、逆に怖くてそれができなかった。

臆病でうじうじしていて、本当にあの時期の自分に戻りたいとは思わないけど、

あれはあれで私の人生の一部なんだなと思うと少しは心が軽くなる気がする。

 

そこから「動」へと少しずつ転換していこうとした。

今までなら人とあんなに気軽に会うこともなかったし、あそこまで映画へ行く

こともしなかっただろうし、一人で悩んでぐるぐる東京を歩き回ったりなんか

とんでもなかったかもしれないけど、動いていくことでまた違う世界の見方が

あることを知った。そうすると自然と自分のところにも何かが回ってくる。

流れができる。その感覚に少しだけど手応えを感じて、心がぽっと温かくなる。

 

そのすべてが結果としてなにかになったとは言えないが、

それがいまいる「自分」というものを形成していることは間違いない。

 

嫌だと思っていた時間は経験となるし、記憶となり、

過ぎ去ってしまうのが愛おしほどの時間も全て過去になる。

 

そうして、年を重ねて気づいたら何十年も生きているのだろうか。

 

私はもっともっと一瞬を瞬間的に、全力で生きていきたいんだと強く思う。

 

来年からはまた新しいスタートへと踏み出そうとしていて、

それは世間一般から見たらもちろんとんでもない回り道で、

そしてありえないというものなんだろうけど、既に十分道から

外れているのでこの調子でどんどん行こうと思います。

 

ブログやtwitterで出会えたたくさんの人たちに感謝の気持ちと、

これから来る2016年という新しい一年の幸福を願って!

今年も一年間ありがとうございました。

 

また2016年で会いましょう!

 

心臓の「鼓動」のように、その一秒を、どこまでも...

 

muuu