問い続けるもの

 

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頭の中がカオス状態になっていて今週はなにも書けなかった。

涙ばかり流してぐるぐる頭の中で悩んでも仕方なくてどうしようもないことを

ずっと思ってひとりでパニックになっては落ち込み、すべてに一喜一憂し、もう

心が落ち着く暇が全然なかった。怖くて、不安で、でもどうしたら問題が解決

するのかもわからないしましてや自分にはどうしようもない大きなことに対して

たったこの自分というものだけで挑もう、ひとりなんだっていう感覚が抜けなくて

とにかくあっという間でそしてあらゆる方向からの波にさらされた一週間だった。

 

それが良いか悪いかはともかくこの一週間を通して悩むと同時に改めて今までの

自分のあり方や考え方に気付かされた時間でもあった。苦しくて、どうしようって

常に思っている間の自分って結局はただの犠牲者を演じていてそしてそれはつまり

原因をすべて自分の外の置いていること。自分という存在を守るべく手段ではある

んだけどその守る自分なんてあるのか?と鴻上さんの著書を読んでいたら問われた。

 

自分の目標やゴールを見失ったとき、こうして人って崩れていくのかもしれない。

好きだと思っていたことに対して疑問を持ち始めそれこそ「幸せ」ってなんて

ことを問い始めたらきりがない。ただでさえこんなことばかり日常的に延々と

思っているのにそれに拍車をかける勢いで今週はあらゆることに対する問いが

浮かんできた。そしてもちろんこれらの問いに一つの絶対的な正解なんていう

ものは存在しない。じゃあなぜこうして悩み続けるのか。

 

悩み続けることでずっとその場で足踏みしてなかなか前へ進めなくて、

そうこうしているうちに自分は何が欲しかったのか、何がしたかったのかという

根本的なところを見失ってしまう。そうすればますますその泥沼にはまっていく。

足掻けば足掻く程に下から足を取られ、出ることのできない迷宮に入っていく。

 

そこでわたしは「動く」ことに集中した。

目の前にあるできることに集中することにした。もちろんどれもまだまだ

中途半端であり、途上ではあるんだけどこうして動き始めた途端になんだか

一気に心が軽くなった気がした。これは大げさな比喩でもなんでもなくって

本当のそれこそ心臓になにかつっかえていたものがぽんと栓が抜けるように

とれたのだ。いまもまだ不安はあるし心配しようと思えばいくらでも心配の種は

ある。でもいまこうして自分が直面している状況っていうのはひょっとしたら

いますぐに何かはわからないけどチャンスなのかもしれないと少しは思えた。

 

19年間、引越し、転校の繰り返して常に何かが変化していたから気付かなかった

のかもしれない。こうして一箇所に長く留まるとそれまではいつもの変化の渦に

巻き込まれていたものがこうして真っ黒な塊になって詰まってくるのかもしれない。

 

それにこうして直面したときに初めて自分はどうしたいのか。

どうありたいのかと考え始める。悩んで嫌なサイクルにはまって、でもそこから

出たい、前へ進みたいという欲望に駆られ半ば必死にそこから出るために違う

方法を考え始める。ここがまさに「悩み」から「思考」とか「考える」という

ことへシフトする瞬間だと思う。今週のあらゆる出来事と出会いはいまの自分に

必要なものであって、だからこそこれから自分のなにかが始まろうとしている。

 

また書き始めます。

 

 

muuu