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窓越しに見える世界と孤独感

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眠れない夜から数日経って学校が始まってしまった。

あの場所に足を踏み入れるたびに自分がはみ出しているんだということを

目の前に突きつけられるようで早速初日からぐったりして帰宅した。

 

授業は楽しみにしていただけにとんでもなく人数が多かったりみんなただ

単位だけのために来ていたりとなにをしにわざわざ高い授業料を払って、

時間をかけてここにいるんだろうかと聞きたくなる。せっかく通っているのに。

もちろんそんなこと人の勝手だよと言われるのはわかっているしそれはそうだ。

だけど学びたくても学べないという時代があったこと、そしてそのような環境に

置かれる人が今もなお存在していることを想像するといまの自分たちの贅沢な

環境はなんなんだろうと思う。いまの時代むしろ大学へなんか行かなくても

本当になにかをやる気があるのならばそれが可能になった時代でもあるんだな

ということも同時に考え始めると「大学」の意味について複雑な意味が絡まり

合っていくみたい。なぜ?自分は何でここにいるんだろう?何しているんだろう?

 

結局なんだかんだで大学はその人のブランディングのひとつの要素になっている。

これを学びたいからとかこの教授のもとで学びたいからとかそんなことを考えて

大学を決める人が日本中に何人いるだろうか。なんとか自分の成績で入れるし、

名前もある程度通るし、就職率いいし無難な大学生活を送れそうだ。この授業は

わりと単位が取りやすいって。楽単(ん?漢字合ってる?)何て言う言葉を初めて

聞いたしそれを必死に聞き回る人たち、あの先生は優しいからとか面白いだけで

適当に楽しめそうな授業を選ぶ人たちはなんだか透明の見えないガラス越しに

存在しているよう。ましてやそれが大勢ともなると孤独感が襲う。何をしたくて。

自分はどう生きたくていまこうしてここに4年間という戻ることのない時間を

費やしているんだろうか。人生、効率化を叫んで生きていきたいわけではない。

でもせっかく若くて時間があって自由があるのにそんな時まで周りに合わせてとか

まぁ適当に無難に過ごしていくっていうのに自分は共感できないしとても勿体ない

と思ってしまう。もっと貪欲に好きなことや好きなことではなくても新しい世界や

知りたいと思うことに首を突っ込んで貪っていくように過ごしていきたい。

 

周りに左右されずに自分の道を突き進んでいけばいいんだけどそれなら

大学って何って思ってしまう。他者と関わるからこそ大学という場所が

あると思うしなんならいまはひとりでネットで勉強しようと思えばできる。

本当にそれは可能だし今ある未来だ。

 

それなのにそこまでして大学へ行くのにはただの勉学以上の価値を

求めているから行くのではないのか。それは同じように世界へ抱く

好奇心を携えた同志とともに肩を並べて学ぶ為なのではないのか。

もちろんそれ以外にも様々な目的を持つ人はいるだろうけど、

せめていまこの瞬間に同じ図書館の列で本当にそれこそ死ぬ気に

なって勉強するというのはこれからの世界に出る前に脳みそを

極限状態へ持っていく一種の行動であるような気がする。

 

ここでいくらこうして自分の理想について語っていてもなにも進まないのは

わかっているんだけどこうして少しでも外に出してみないと虚しさで窒息しそう。

いくらここでもがこうと周りはどうにもならないと思っている。それはもう既に

前期で学んだこと。初日は少々ショックを再確認したけども来週からは切り替えて

図書館を利用するなり施設や教授を存分に活用して自分なりの学校生活を送っていく。

映画や文学にも思い切り浸ってとにかく好きなことや興味にエネルギーを注いでいく。

 

また新しい一歩を踏み出す時だ。

 

 

muuu