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嫌いな自分

 

中だるみの時期です。

自分のやりたいこともわからなくて、結局なんのために学校にお金をかけて

行くのかもわからなくて毎日意味のない問いをひとりでずっとぐるぐると

考え続け、人を妬み、蔑み最悪な人間としての毎日を送っているのですよ。

自分は何がしたいのかわからない。

それは考え続ければ答えが出るものではなくて考えれば考えるほどに

まわりにまわってなにも解決にはつながらない。そしてその思考は

行動を拒み、ただひたすらこの底辺を這う人間をまわしているのだ。

 

「自分」という概念についてぐるぐる考えるということはそれだけ自己主張が

強いということなのだろうか。それについては何度か書いていると思うけど

そもそも「自分」というものが存在するには他者の存在が必要でその他者との

関係性によって自分が定義されるのか。それはいわゆる相対性というものにも

なりえてそこでは自分を見えない物差しで相手と比べ、高さ低さを競い合う。

そんな醜いものに成り下がってしまった自分に対する嫌悪感とそれ以外で

自分というものを定義することができなくなってしまったことに純粋な痛みを

感じる。自分と向き合うとか、自分をもっと認めてあげるとかいろいろ今の

時代、スピリチュアルや哲学が流行り、そんな安っぽい文句が飛び交う。

 

そんなもの信じられていたらこの世の中にいる人たちは全員がとっくに幸せ

だろう。そんな一句で簡単に物事を信じられたらどんなにいいだろう。

もっと素直でまっすぐにいきたいと願うのに、それをわざと邪魔するかの様に

心に忍び寄る疑いの影。純粋になにかを信じることができた子供時代はまるで

存在しなかった過去のように切り取られ、しまわれ、そして同じような心を

忘れてしまった。こうして書き続けているこの存在は意味もないことを毎日

思い、ゴールのない迷路の中でずっと迷い、それは答えのないという問いに

なんとかして答えを見つけようと必死になり、そこからずっと動けない。

 

自分ではどうしようもない、手の届かない、悔しいという気持ち。

これ以上頑張っても、ポジティブになろうと努力してもどこにも辿り着かない

とわかっているようなことに対して頑張ろうなんてもう思いたくもない。

そんな嘘みたいなことをこれ以上信じたくない。現実は厳しく、きっとこうして

どこまでもわたしを追いかけてくるだろう。自分というものから逃げることが

できない。かといって戦ったら結局は自分が傷つく。それも嫌だ。わがままだ。

 

結局こんなことを偉そうに綴ったってわたしはこの机の前に座ったまま

妄想みたいな夢ばかりみて、そこへ行ける道すじなんかわからなくて

ひたすらひとりで思い悩み続けるしかないんだなと思ってしまう。

 

こんな自分が本当に嫌だよ。

 

 

muuu