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遠くからみる世界は

 

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こうしてみる世界はどこまでも続いていて無限にみえるという錯覚をもたらす。

それは普段私たちが歩いている街。それは私たちが生活している箱。それは無数に

存在する人間という名のエゴを固めそして物質化したものたちの集合体だ。

 

こんな風に上から東京という街を見下ろしてみるとそのひしめきあう家、道、

人、ビルに吐き気がしてくる。私たちのちっぽけさと無力さが痛いほどに染み渡る。

それなのに同時にそこにはたまらない壮大さに感嘆し、そしてこれを築いたんだと

いう認めて欲しい承認欲求というものが身体の中から叫び出す。私はここにいる、

これは人間の進化だ。人間の発明だ。人間というものがつくった社会だ。とね。

 

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こうして遠くから、普段は見ないようなところからこうして自分の普段歩く

街をみると不思議な気持ちを抱く。それはいま記したような気持ち悪いという

ものであったり自分の存在に対する定義であったりと様々だ。でも一番自分が

感じたのはその遠さ。いつもは目の前の人をよけて歩くのが精一杯で、常に

自分の足元をみては悩み、止まる電車に悩まされ、どこへ行くかもわからない。

もっとやりたいことがあるはずなのにどうしてか自分の声はどこか深いところに

埋もれたまま出てこない。探して、探して、探しているのにわからない。

 

遠いところからみる世界。

それは小さくて、おもちゃみたいで、まるでそれは偽物。

歩く人は人間には見えないし走る電車はただのパーツ。

無数に点在する家に住むのはさっき通りですれ違った人なのかもしれない。

そこには人が住み、家族が住み、悲しみにくれる人がいて、祝っている人がいる。

外からみたらただのパーツなのに、蓋をあけてみるとまるで違う。そこに広がる

世界こそが無限なのだ。こうして大きく見せかけている遠い世界があるからこそ

私たちは本当に大切なものをみることができる。離れるからこそわかることがある。

 

遠い世界の中にはひとりひとりの小さな世界が存在していてその世界はきっと

どこまでも続いている。遠いものと近いものがお互いに包み合わさっているから

こうして私たちは毎日を生きているんだと思う。どちらか一方通行に走って

しまえばそこにあるバランスというものは崩壊してしまう。

 

近づきすぎてピントが合わずにボヤけていたその世界は小さいかもしれない。

せみの音がいつの間にかコオロギの音色に変わるように。朝の空気が少しずつ

変化しているのを感じる。通りにある木々の葉の色がほんのりと色づいている。

それらの美しさは無限にみつけることができる。

 

それなのに私たちは目の前にある苦しさや誘惑に脅され翻弄される。

そんな時に遠い世界に行ってみよう。あんなに大きいと思っていた世界はこの

遠い世界の中では小さな世界になるのだ。もちろんその時の自分にとっては

本当に大変なことであるのには変わりない。でも、その遠い世界を少しでも

知っているだけで心がぐっと広くなる。きっとこの遠い場所からみる世界には

自分となにかを分かち合う人がいるのかもしれない。この大きな世界には多分

もっと可能性があるのかもしれない。そんな風に背中を押してくれるような

前をすっと向けるような、そんな気持ちにさせてくれるこの遠いところ。

 

遠い世界をみることも大切なんだ。

 

 

muuu

 

 

 

 

 

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