自分ってなんだよ。知らないよ、そんなこと。

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ここ数日の気温の静けさにものすごく癒されて心が一気に透き通るような感覚。

朝早くに窓を開けた時のあの透明感を思い切り浴びる感じが始まりの至福。

 

細かいことを感じる。その単純さや細かさは時には弊害にもなる。

それでもこの空気を味わい、歩きながら落ちてくる小雨の小さな小さな水の粒を

感じていたり、言葉にはできない自分の落ち着くと直感で思える場所や相手。

 

気づける力。直感や偶然ではない偶然を信じることのできる心。

自分はどちらかというとかなりの理論派であり、だからなのか映画などを観ても

本を読んでも分析が先立ってしまい心で直接感じとれなかったり理屈っぽい解説を

つけてしまったりする。人に自分のいいところなどを言われても所詮そんなのは

主観であり、根拠のないものであると思い直す。それでいて認められたいんだと

切に願っている自分のエゴがある。この葛藤に、狭間に私の心はいつも揺れている。

 

現実的に考えることをいつも優先していると思っているのに一度自由に

想像(妄想?)し始めると歯止めが利かなくなるしそれが現実にまで

染み出てきてそれこそ境界線というものが曖昧になるから自分でも迷う。

 

自分ってなんなんだろう。こんなにも情報が流れていく世界で私が今こうして

打っている文章の99%は自分の中に今まで溜めてきた情報を切り貼りしている

だけかもしれないのだ。自分の考えだと思っているものもきっとこの洪水の中で

もみくちゃにされているうちに染み付いてそれを勝手に「自分」だと思っている。

外の世界が変化するのと同時に自分も変わっていくのかもしれないしそのまま

なのかもしれない。ぶれない自分なんてものはなくてブレまくりの私だと思う。

 

絶対的な自分を見つけたいわけではないのかもしれない。

この迷いそのものが学びなのかもしれない。答えなんてないよね。

迷って迷って迷い続けている。でもそれは時には苦しくて時にはすごく楽しい。

その瞬間になにかを見つけていく感覚。好きだと心の声が漏れるそのとき。

 

この世の中には説明できないもので溢れている。

こうして言葉に感覚を転写していくことって実はできないのかもしれない。

ここにこんな風に私が打っている言葉は虚像なのかもしれない。それでも

なぜ書き続けるのだろうか。嘘かもしれないのに。近づき続けながらずっと

交わらない反比例のグラフみたい。あんなに近いのに手が届かない。

それでもこうして毎朝、自分という存在として起きて毎日を送っている。

ご飯を食べて、他愛もない会話をして、とりあえず生きているんだよね。

 

自分ってなんだ。

 

muuu