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人間観察

 

人間観察。

 

特に東京とか日本みたいに人口密度の高い街でするととても

興味深い。今までずっと田舎を転々としていたのでこんなに

都会に住むのは実は初めてだったりするのです。個人的に

暮らしていく上では田舎が好きなんだけど人間観察での面で

考えてみると東京というところほど最適な場所はない。

 

田舎だとまず人口自体が都心とは比べ物にならない。

移動も全て車とかバスとかローカルな電車だったりで地元の人が

多いからコミュニティの広がりの観点から考えても同じ学校の人に

会う確率が多かったりとても狭くて閉じたところであるとも思う。

 

都市部になってくると人の流れが活発になってきてそこに定住している

人はむしろ少なくて外から入ってきたり出て行ったりとかなりの流動性

ある。あらゆる場所から人を集めひとつの社会として機能しているので

今の流れや時代性、多くの人たちが何を考えているのかを知るのにも最適。

 

幼い頃から引っ越しばかりしているとその場に慣れようと必死になる。

私は途中でそこに自分を無理に合わせることは途中でやめてしまったけど

それでもそれぞれの場の雰囲気を読んだり、そこにどんな文化や仕来りが

あってなどを知ることは必要不可欠である。そんな時にみんなに聞いて回る

わけにはいかない。ただでさえシャイな性格の私はいつもおとなしい転校生

であった。そんな時に生きていく術としてなんとかしてその場を理解しようと

努めるわけだ。そしてその方法として発達させていったのが人間観察術である。

 

人を観る。姿勢、服装、雰囲気や言葉遣い。動きや他の人への対応。

特にラベルを貼るわけでもなくとにかく観察する。そこで彼らにラベルを

つけ始めるとそれは観察ではなく評価とかジャッジになってしまう。

年齢が上がるうちに自分の中にもある程度の価値観が固定化してくるので

この観察にもたくさんのバイアスとか評価が入ってくるのは実感している。

 

それでも私が観察し続けるわけは、そこに社会があるからだ。

たった二人の間でもそこには小さな社会が成り立っている。

そして自分の周りには山のように人間がいてそれぞれの社会が存在している。

そしてそれらが合わさってひとつの大きな社会を形成している。

ミクロを観ることによってマクロをも俯瞰できるというスタンスだ。

 

それが果たしていいことなのかはわからないが私自身はそんな

社会の仕組みとか人間の心理とか動きにとても興味があるんだ。

だから映画や本を読んでいても彼らの背景とか会話とかに耳をすませる。

どんな行動をしていて何を考えていてどこへ向かっているんだろうと。

あまり人と関わらないからこそ逆に人に興味があるのかもしれない。

 

そして話は飛んでしまうけどだからもしかしたら私たちが苦手だとか

思っていることが実は得意とか成功したり興味あるものの裏返しだったり

するのかもれないと。人間観察をしていると小さな共通点とか仕組みに

気づいてひとりで感動していたりもする。そんな私の苦手の裏返しが

いつか何かの役に立ったり今からどこへ向かえばいいのかの道標に

なってくれると嬉しい。私にとっての人間観察は読書とか映画の存在と

同じようなもので、呼吸や睡眠みたいに自然にあるものなんだよ。

 

 

muuu