自分の中のブログの存在 Day TWO

 

 

今やるべきことが目の前に山積み

(お風呂上がりの水を飲むとかそんなくだらないことも私の大切なやる

べきことなのです...)で頭の中がぐっちゃぐちゃと2月が終わるという

恐ろしいくらいの焦燥感に襲われどうしようかと思っていたところ

昨日から30 day challengeを始めていたことを思い出してとりあえず

一呼吸を置くためにパソコンでカチカチとタイプしております。

ちなみに自分にかけた制限時間は20分。

 

さてさて毎日ブログを書くとなるとネタに尽きたり極端に短くなったり

内容すっかすかな記事になりつつあるのですがこの「ブログを書く」と

いう行為自体を自分の中で定義してみたいと思う。

 

みんなそれぞれの目的でブログというものを書いていると思う。

自分の毎日の記録や日記感覚で綴る人もいれば本や映画、製品のレビュー、

商業目的で書く人もいる。自分の仕事や趣味を表現する場でもあるかもしれない。

私は自分にとってブログを書くとは一種の自分のポートフォリオだと思っている。

アーティストが絵を描いて自分の作品を貯めていくように私は自分の文章や言葉を

このブログという公の場に貯めていく。(ちなみに私は本当に棒人間しか描けない)

もちろん個人的な文章やその他の文章も別にあるわけでここはその一部。

 

社会や日々の体験、自分の価値観やレンズを通してこの世界がどう

見えているのかということを文章で表現してみる。それに共感したりいや!

違う!と思ってくれる人がいることでその間に生まれる複雑な意見や考えの

絡み合い。多様性。そんな言葉がしっくりくるように思う。

 

インターネットは不思議な場所であらゆるものに溢れている中で極限まで狭い

世界に浸れる。例えば趣味の映画や読書。というものがあれば同じ趣味を持つ人

のみ選んで付き合うことができる。一方であらゆるジャンルのものが存在し

たくさんの糸が毛糸玉のように集まって丸まって今の地球の様に真ん丸な

インターネットの世界がある。みたいなイメージを私は持っている。

 

私はそのどちらにも属して属したくない。好きなものは好き。

そしてそれのみで暮らしていける世界だが同時に俯瞰的に鳥になって大きく

広く世界を見る。それは自分の知らなかった世界や合わないとか嫌いと思う

ようなところかもしれない。それを拒絶するとか受け入れる受け入れないの

問題ではなく全てを包容してしまうくらいのフラットな気持ちでいたい。

 

自分の心に共感し共鳴するものに囲まれながらも違う世界を知っていて

その存在を否定とか見て見ぬふりをしないで在ることを知る。

 

ただそれだけでいいと思うんだ。

 

私のブログの存在: 世界を自分なりの広さでみてみて思ったことを綴る場所。

         「書く」のを練習する場所。私の文章のポートフォリオ

 

muuu