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手紙から考えるアナログ

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とても久しぶりに手紙というものを書いてみたいと

思い立ち封筒と便箋を購入しに行った。切手を選んだり便箋封筒を

選んだりするワクワク感はいつになっても変わらないものだなと思う。

よく転校していたので友達との連絡手段として始まった「手紙」は

少し前までは自分にとって当たり前のことだった。しかしこの時代

LINEやメール、Skypeなどの通信手段が溢れるように存在している

ので手紙を書くことは逆に意識しなければ書かなくなってしまった。

 

時代のスピードにただただ驚くばかりだ。

 

こんな類の話をこの間NZ留学時代の友達で彼女自身も留学生であった

韓国人の子と話していた。Cちゃんと呼ぶことにしよう。二人とも

映画が大好きなのだが映画好きの間で必需品となりつつあるアプリが

ある。Filmarksというアプリで観た映画、観たい映画、上映中、公開

予定の作品をチェックしリストアップすることができる。それに加え

フォローしている人たちのそのリストも全てみることができる。映画の

感想や評価などもできる。ここにはものすごい数の映画が出回っている。

 

それが話の発端。二人で全てのあらゆることに存在する偶然に必然に

出会うべき流れが今はなくなりつつある。ということを話し始めた。

 

昔だったら自ら映画館やレコード店に足を運びぶらぶらしながら何を探す

わけでもなくただそこの目の前にあるものに出会っていた。それは自分の

興味や好きなジャンル以外のものかもしれない。もしかしたら一生観続ける、

聴き続けるものになるかもしれない。それは誰にもわからないし偶然に、

でもあるものは必然的にやってくる。では今の時代、今度公開される映画が

前々からプロモーションされ予告編がばんばんテレビや広告で流されるのは

どうだろうか。最初に話していたFilmarksというアプリも確かにものすごく

便利。私もCちゃんも愛用している。溢れる映画の山から自分の興味を示す

ものを見つけ抽出することができる恰好のツールだ。でも観たいな~とその

時思ってリストに追加すると殆ど観ない。という悪循環をを生んでしまった。

ちゃんと観る人もいるだろが私の場合リストは大変なことになっている。

 

それがもし店頭や映画館で出会った映画ならどうだろう。と考えてみる。

すぐに借りるか観るか購入するか。その場ですぐに物質として目の前に

存在している。手に取って観て外のカバーや出演者から色々と想像できる。

よし、面白そうだ。観よう。そしてそれが自分の中で一番の作品になるかも

しれない。Filmarks上での評価は★☆☆☆☆かもしれない。でもそんなの気に

しない。(いやーでもなかなか星ひとつなはいよ。笑 少しオーバーに)

 

だってこうやって偶然必然にこの作品に出会えたんだもの。

それだけで十分じゃないか。と。そう思えるようになりたい。

 

じゃこれが冒頭部分の手紙の話とどうつながるのか。

つまり物事に偶然必然性を求めるからにはアナログに、昔に、古代に

(戻りすぎ!笑)戻ろうじゃないかとおう結論に至った。もちろんデジタルを

放棄するわけではない。そうじゃなくてアナログを意識していこうということ。

デジタルで済ませなければならない場面は多くあって必要なことである。

でも時々深呼吸してほっと一息ついてお茶でも飲みながらパソコンに向かい

メールを打つ代わりにペンを持って紙に汚い字でもいい、綺麗に書けなくても

漢字が間違っていてもいい。心を込めて伝えたい。その想いで言葉を綴って

いくことがとても大切なのではないかなと思う。あるものを存続させていく

ためには今の時代性を受け入れたうえでそのあるもののことを意識しそこに

存在させ続けてあげるという姿勢がなければ難しいのではないかなと。

 

 

 

muuu